澤田聖子檢視原始碼討論檢視歷史
澤田聖子,(日語原文:沢田 聖子/平假名:さわだ しょうこ ,羅馬拼音:Sawada Shōko),1962年3月13日出生於日本東京都中野區,是一位日本女性創作歌手[1] [2] [3] 。
目錄
簡介
澤田聖子[4],是出身於日本東京都的創作女歌手,B型血型[5],。
澤田聖子畢業於文化女子大學附屬杉並高等學校[6]、文化女子大學短期大學部生活造型學科業[7]。
「聖子」是澤田聖子她的真名。被誤認為是與松田聖子同名,又因為同年出生(生日相差3天),故有時候會被拿來做比較[8]。採訪時本人說當時「因為(松田聖子)比較受到歡迎(名字上),所以經常被嘲笑(澤田聖子)是在模仿」[9]。事實上,澤田出道比松田早一年。
- 音樂類型:J-POP,新音樂
- 演奏樂器:主唱、鋼琴、吉他
- 活躍年代 1979年-現在
- 唱片公司:
- 日本CROWN(1979年-1983年、1997年-2004年)
- Philips Records(1983年-1987年)
- 東芝EMI(1988年-1992年)
- King Records(1993年-1996年)
- SMC(2007年-2008年)
- SAINT(2010年-現在)
經歷
1979年5月25日,澤田聖子從海豚事務所(イルカオフィス)以「校園素描本(キャンパススケッチ)」(CROWN RECORD )出道。
次年(1980)4月,發行首張專輯《坂道上的少女 (坂道の少女)》。宣傳口號是「海豚的妹妹(イルカの妹)」。從那以後,她的工作包括學園祭每年有60到70場現場表演和許多廣播節目。
澤田聖子以作為當代民謠音樂(民謠歌手的音樂活動為基礎,為其他歌手提供音樂、報導、進行廣播主持等娛樂活動。
從1987年起大約兩年後,澤田聖子由於當時丈夫調職,每次在仙台市工作時都會搬到東京[10],但現在常駐於東京市。
2009年於舉辦出道30週年的全國巡演後,澤田聖子離開了經紀公司,獨自進行現場活動。
1995年,由岡山縣吉備郡真備町 (現倉敷市)委託作曲家小林亞星 等人製作真備町的當地形象歌曲《竹の道》。
2018年7月西日本豪雨過後,她於2019年2月前往真備町,提供了樂器和歌曲進行交流,為校舍受損的川邊小學(倉敷市真備町川邊)的孩子們加油打氣[11]。
活動歷程
出道以前
1962年3月13日、新宿の聖母病院で産聲を上げ、母親が當時憧れていたピアニストの名前「しょうこ」と「聖母」から名付けられた。1963年、生後11か月の時に赤ちゃんモデルとして芸能界デビュー。このきっかけは、1歳年上の兄が婦人雑誌の編集者にスカウトされて子ども服のモデルになったことで、撮影現場に一緒に連れられていくうちに自分も被寫體になっていたという[12] ことで、沢田が大人になって母から聞いた話によると、母が結婚後に家庭環境の重圧から逃れたかったこともあったという[13]。1967年より音羽ゆりかご會に入會、童謡を歌い始める他、テレビ主題歌、CMソング、運動會用の歌などのレコーディングでも活動。このころから、子供服などのファッション雑誌のモデルと並行して多數のCMにも子役として出演するようになる。有名な出演CMでは、渥美清と共演したパンシロン(ロート製薬:1968年)がある[14]。1975年の女性ファッション雑誌に、ジュニアモデルとして香坂みゆきと同じ紙面で掲載されている[15]。東京文化中學校時代、女優の松田美由紀は同じ學校の同級生だった[16]。
宮脇康之主演の「ケンちゃんシリーズ」にも出演しており、1975年から放映された「おそば屋ケンちゃん」に「不二子」という名のヒロイン役で、前後篇の2回(1975年9月18日、9月25日播出)にわたって出演([1])。この時のオーディションは既に他の合格者が決まっていた「出來レース」だったが、宮脇が「この娘でなければダメだ」ということから、急遽沢田に変更されたという逸話がある。
アイドル歌手としてのデビューに憧れていたことから、日本テレビ系列のオーディション番組『スター誕生!』に応募し、予選會を通過してテレビ放送の決戦大會まで進んだが合格とならず、歌手デビューには至らなかった。『スター誕生!』の審査員の都倉俊一に言われた「君はねえ、コーラスの1人の聲なんだよ」という言葉を今でもよく覚えているという。この他『ホリプロタレントスカウトキャラバン』など片っ端からオーディションに応募し続けていた[13]。
海豚事務所時代
1978年、當時のイルカオフィス社長だった神部和夫が立ち上げた、新人歌手を育てる企畫のオーディションに參加、これにおいて《{{link-ja|硝子坂|硝子坂|硝子-{坂]-}}》を唄うが合格決定とはならず、後日《給我一雙翅膀》、《時代》などをピアノの弾き語りで唄い合格する[17]。このオーディションの際、ピアノ弾き語りの沢田にレコード會社は乗り気ではなかったが、神部和夫の目に止まり、合格にこぎ着けている。これには、海豚 の産休からの復帰を機にイルカのファン層を同世代の女性をターゲットにする方針と、実力を兼ね備えたアイドルタレントを育てたいという事務所の思惑があった[18]。元々これには、當時沢田と同じ事務所に所屬していたタレントが當日、他のモデルの仕事が入ったために參加出來なくなり、これに穴をあけるわけにいかないとした事務所に行かされた代役での參加だった[13]。沢田本人はオーディションの合格よりも、イルカのサインをもらうことに期待をしていたことや、華やかな歌謡曲歌手を想像していたこともあり、初めて人前で唄うピアノの弾き語りでの合格は戸惑いと驚きの結果だった。アマチュア経験もなく、モデル事務所の繋がりから受けたオーディションが、沢田の人生の大きな転機となった。當時音楽プロデューサーとして、レコード會社に異を唱える者の居なかった存在だった神部の強力な後押しもあり[13]、「神部和夫さんと出會っていなければ、今の私はない」と、沢田は時折ステージで語っている。
1978年8月8日,16歳的澤田與海豚事務所簽下契約[19]。
1979年5月25日、CROWN RECORD から《校園素描本》でレコードデビュー。「海豚的妹妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立つ。以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行う。
彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性創作歌手は希少な存在であり、ルックスも相まって男性層からアイドル的人気を得た。80年代の女性新音樂 シーンを変え、アイドル性を持ったシンガーソングライターのパイオニア的な存在となる。1980年には學園祭出演數No.1を記録し、「學園祭公主」と呼ばれた。
その反面、自作曲のリリース比率が少ないことへの批判や、年齢相応の実生活での難局を迎えたり戀愛を歌う路線変更に苦戦して一時活動を休止するなど、その後続々登場する女性アーティストが直面する問題を先んじて経験することになった。
CROWN RECORD(1979年~1983年所屬)
シングル9枚、オリジナルアルバム4枚、ライブ・アルバム1枚、ベスト・アルバム1枚、非公式2枚組ベスト・アルバム1枚をリリース。1979年10月25日にリリースされた2枚目のシングル《シオン》は、デビュー前の練習曲としてイルカから贈られた楽曲でもあり、ステージで唄われ続けている澤田聖子の代表曲である。1981年4月25日にリリースされた2枚目のオリジナルアルバム《青春的光和影 》は、アイドル路線から一線を畫し、是一枚作為創作歌手確立了地位的專輯。1983年1月25日に発売された7枚目のシングル《卒業》は、沢田のシングル曲の中で最高のヒット曲となり、oricon公信榜の最高ランキング50位を記録する[20]。
Philips Records(1983年~1987年所屬)
シングル6枚、オリジナルアルバム6枚、ライブ・アルバム1枚、ベスト・アルバム1枚、ビデオクリップ1作をリリース。1983年にレコード會社移籍の噂が突然流れる。同年11月21日に移籍後初のアルバム《ターニング·ポイント》、シングル《季節 ~SEASON~》を同時発売。クラウンレコード時代、アルバムはランキング上位に位置していたものの、シングルの売り上げが伸び悩んでいたことから、シングルヒットを視野に入れた事務所の販売戦略によるものである。當時日本フォノグラム(Philips Records )に所屬していたもんた&ブラザーズ(門田賴命 )や大橋純子などの新音樂系歌手がランキングを賑わせ、シングルヒットを生み出す手法に長けていたことからの選択だった。著名な作家による楽曲が提供されたものの売り上げは伸びず、沢田のオリジナル作品が占める割合も激減した。沢田の目指す音楽とのギャップも顕著になり、後年、沢田本人も「紆余曲折していた時代」と語っている。
この頃、音楽評論家からも「つくられたアイドル」という印象が殘るとして認められず、當時あったという「彼氏とドライブして、沢田聖子の曲が流れたらその場で別れる」というジンクスを指摘して酷評されたこともあり[9]、マネージャーに恵まれない不遇な時期を経験したこともあった[21]。
ミニアルバムや12インチシングル、初のビデオクリップや寫真集など、多彩なメディア戦略によりファン層が拡大したのも事実であり、渋谷公會堂をはじめとする各地大規模ホールの客席を埋め盡くした。1984年7月29日には、東京日比谷野外音楽堂でのコンサートを成功させている。
SMC時代
1988年,澤田聖子嫁給一個在學生時代在海豚辦公室打工後在一般公司上班工作的男性[21]。同年5月25日、パーソナルオフィス『ショウコ・ミュージック・カンパニー』(SMC)を立ち上げ、16枚目のシングル『LIFE』をリリースし音楽活動を再開した。1988年6月5日、15枚目のオリジナルアルバム《LIFE》發行。パーソナルオフィス設立後、念願であったオフィシャル粉絲俱樂部を結成し、自らの音楽活動への想いを綴った楽曲『In My Heart』をファンクラブ名とし、同名のツアータイトルで全國を廻り、アーティスト活動を精力的に行う。
90年代に入ると他のアーティストとのジョイントにも力を入れ始め、1990年12月30日、本人プロデュースによるアコースティックジョイントライブ『Acoustic Party Vol.1』をクラブチッタ川崎にて開催し、以降2008年まで毎年年末の恆例イベントとなる。1990年6月1日から、村下孝藏と地方の公民館レベルを中心としたジョイントライブ東北ツアーを行う[22]。誰でも口ずさむ事の出來るフォークソングをカバーしたステージは、後の「THE 4/9 」へとつながって行く。
1999年の村下孝蔵の他界を機に、本格的にギターを手にするようになり、アコースティックサウンドへと傾倒して行く。村下孝藏を偲び、『親愛なる人へ』を初めてギターによって作詞・作曲し、2001年5月23日にリリースしたアルバム『祈り』に収録される。村下他界の翌年から、6月24日の命日に追悼ライブとして「Forever Live」を毎年行っている。2009年は自身の事務所獨立問題から休止を余儀なくされるが、2010年に再開した。
2004年5月25日 デビュー25年を迎える。それを記念して、同年10月21日に通算26枚目となるアルバム《History2》發行。現在も各地でコンサート活動を展開している。また、毎年冬に數日に渡り新富良野王子飯店 にて「富良野チャペルコンサート」を開催。2005年からは佐田雅志的胞妹佐田玲子 とユニット「THE 4/9」を結成して活動している。
2008年9月20日から翌年5月24日にかけて、デビュー30周年記念ツアーライブを全國30箇所において行い、同日、通算28枚目となる自翻唱專輯《Peaceful Memories》發行。
SMC獨立後
2009年9月27日 吉祥寺のライブハウスにおいて、パーソナルオフィス『ショウコ・ミュージック・カンパニー』(SMC)から獨立していることを正式に発表した。事務所の方針と本人のアーティスト活動としての方向性のギャップ、溝が埋まらず、それまでの全てを失うことを覚悟した上での決斷であった。すでに11月のライブスケジュールも発表され、長年使っていたツアータイトル『In My Heart』が変更されていること、ライブ會場にスタッフの姿がなく、単身で楽屋入りをしているなど、事の異変に様々な憶測が飛び交っていた。この事実はブログなどでは掲載しなかったが、これは、アーティストとしてファンに伝えるべき大事なことは、文章によらず、きちんとファンの前で自分の口から…という沢田のファンに対する姿勢の表れであった。獨立に際して、周りからは「獨りでは絶対に無理」と言われていたが、「獨りでも出來るよ」と言ってくれた人が一人いたという。それは、沢田の師匠「イルカ」だった。
これにより、オフィシャル粉絲俱樂部『In My Heart』が事実上解散した。沢田聖子が最後に事務所に託した、直筆によるファンクラブ會員へのメッセージはファンの手に屆かず、行方不明である。またこの2009年に、1988年に結婚した夫と離婚している[10]。
2009年11月1日 獨立後、初のライブツアー「はじめの一歩」を東京・大阪・京都・浜松・名古屋で行う。2010年1月10日 さいたまを皮切りに、ライブツアー「続☆はじめの一歩」を全7か所で行う。
2010年3月には、それまで東京のみの公演だったバースデーライブを東京・大阪・名古屋において行い、1曲目から最後の曲まで、すべて會場の観客からのリクエストの中から応えるという、前代未聞のバースデーライブを行う。東京においては全36曲、3時間30分を歌い切った。
2010年7月29日,成立「株式會社セイント」。
2010年9月11日 通算29枚目のオリジナルアルバム《寶物》發行。2009年の2月に実父の他界をきっかけに、家族との絆をテーマとしたアルバムに仕上げる。9月11日のさいたま市を皮切りに全國21ヶ所、25公演のライブツアー「沢田聖子 Live Tour 2010-2011 ~幸せを探そう~」を行う。
2011年3月、大阪・名古屋・一宮でのバースデーリクエストライブを行う。東日本大震災の影響から延期となった東京を、4月3日に開催する。
2011年4月9日から全國巡演「沢田聖子 Live Tour 2010-2011 ~幸せを探そう~」を再開している。
2012年1月15日、6か月ぶりに佐田玲子とのフォークデュオ「THE 4/9 」のライブを開催する。THE4/9単獨のライブとしては、2010年4月9日以來のステージとなる。
2012年3月には毎年恆例のバースデーライブツアー「沢田聖子 Birthday Live Tour 2012 ~お陰さまで半世紀☆オールリクエスト~」を3月17日の東京公演を皮切りに、本公演の8か所と2か所の追加公演を含む全10公演を行う。
2012年5月27日に、30枚目のオリジナルアルバム「LOVE&SMILE」をリリース、同日に代官山ライブハウスでのアニバーサリーライブを皮切りに全國ツアーを行う。
2013年3月2日の橫浜公演を皮切りに、バースデーライブツアーとして全國13か所、12公演のオールリクエストライブを行う。ライブツアー中に通算31枚目のオリジナルアルバムのレコーディングに入り、1979年から1981年までの自作オリジナル楽曲を新たなアレンジの元にセルフカバーした全16曲のアルバム《Singer Song Writer ~GREEN~》を5月26日にリリースし、41本の全國ツアーを敢行。
2014年5月25日にデビュー35周年を迎え、32枚目のアルバム《Singer Song Writer ~BLUE~》と10年ぶりのDVD《SHOKO SAWADA 2013 Road Movie ~GREEN~》をリリースし、同日から44本の全國ツアーを敢行。同年12月13日にはデビュー35周年記念として、通算37枚目のシングル『果てなき夢』と同タイトルのミュージックビデオをリリース。
2015年5月16日に、33枚目のアルバム《Singer Song Writer ~RED PURPLE~》與DVD《WANDERER ~唄う旅人》發行。
媒體演出
廣播節目
「DJは、ライフワーク」と公言するように、デビュー時から多くのラジオレギュラー番組を擔當している。これは、當時の所屬事務所「イルカオフィス」社長兼プロデューサーだった神部和夫が、ステージでのMCを生かすための手段として重用したことにもよる。デビュー當時は名古屋を中心としたラジオ番組やメディア出演が多く、中部圏のファン層拡大に寄與した。
1989年10月よりKBS京都にて《Hyper Night 》木曜日を擔當(1991年9月に一旦降板するが、1993年4月に復帰)。同番組にはシンガソングライター仲間である配音員TARAKOも度々ゲスト出演し、二人で漫才張りのやり取りを展開していた(他にも平松愛理等もゲストに登場)。
その他、1986年4月から1988年3月までレギュラーを務めた NHK-FM《重溫時間 》をはじめ、數々のラジオ番組でパーソナリティを務め人気を博した。2001年10月6日から山梨放送にて毎週土曜放送された生ワイド番組《沢田聖子のサタデー·ジャンボリー》は、7年6か月続いた長壽番組となる。
2011年3月、全國社群廣播 、Music Bird で毎週月曜放送の《アフタヌーン·パラダイス ~すべてに、ありがとう。』が終了。《アフタヌーン·パラダイス』のレギュラー降板後、同番組の月曜日レギュラーパーソナリティーの岸田敏志 が舞台出演等により擔當不可能の際、ピンチヒッターとして世田谷區の胡蘿蔔塔 ・オープンスタジオからの公開生放送に登板している。
2012年10月3日より、USTREAMにて柏本圭二郎とのトーク番組《沢田聖子と圭二郎のショートケーキのヨル》が配信スタート。
廣播節目一覧(現在終了)
- 夜晚是朋友「聖子的新音樂の情報」單元(FM愛知 )[注 1][23]
- MBS YOUNG TOWN(MBS每日放送)
- 合格いっぽん道(Radio Tampa)
- 澤田聖子的明天是星期日(文化放送)
- 青春大通り·金曜電リク(文化放送)
- 澤田聖子的青春的光和影(MBS每日放送)
- 澤田聖子的MIND SKETCH(FM愛知)
- 澤田聖子的爽快Jockey(東海放送)
- 沙耶香與聖子的二人三腳(FM愛知)
- 澤田聖子的青春For You(文化放送)
- 澤田聖子的天然心情(TBS電台)
- FM重溫時間 (NHK-FM)
- TWILIGHT SKETCH(FM仙台)
- Hyper Night (KBS京都)
- MIDNITE-Kiss 花畑音樂牧場
- 江崎明的週六WIDE(CBC電台)
- SMILE DRIVE(FM仙台 )
- 你和我的下午 ~澤田聖子with your life(FM仙台)
- 澤田聖子 另一種週末|沢田聖子 もうひとつの週末}}(Date fm、AIR-G' )
- 澤田聖子 Morning Kiss ~你好嗎~(Kiss-FM KOBE )
- 澤田聖子週六大露營(山梨放送)
- 南こうせつ 大きな空の木の下で(九州7家聯播網)
- アフタヌーン・パラダイス ~すべてに、ありがとう。(社群廣播Music Bird)
電視節目
1970年代から1980年代にかけて、フォーク・新音樂 歌手がテレビ出演をしないことが一つの附加價值 だった時代、沢田はライブを中心とした音楽活動を続ける傍ら、音楽番組にも數多くゲスト出演している。
1979年11月、初の全國ネット富士電視網《夜之HIT STUDIO 》に出演し、《シオン》を歌う[24]。
1998年10月6日~2000年9月26日、KBS京都電視台にて毎週火曜日22:30-23:00に放送された《うわさの街WA!》では、立原啓裕 との共演で初のテレビ番組のレギュラーを務める。
1993年10月3日~2004年3月28日、TBS電視網にて毎週日曜日7:30-8:00に放送された《微笑是最好的! 》では、初の旅番組レポーターとして4回にわたって出演し、自らの楽曲《青空》、《smile》、《PRESENT》が番組テーマソングとなる。
- 1997年5月4日『春だ!祭だ!皆が集まる出會いの町』(香川縣)
- 1998年2月15日『本當の空 智恵子の愛した町』(福島縣)
- 1998年7月12日『北アルプスの初夏 豊かな水と自然を求めて』(富山縣)
- 1999年11月14日『秋色吉備路 ほのぼの井原線の旅』(岡山縣)
2012年8月31日,NHK BS Premium《J-POP青春'80 》與辛島美登里 、水越惠子 ・Juicy Half 、ZONEらと共にゲスト出演し、1982年のヒット曲《卒業》を歌う。
舞台
2004年、親友のTARAKO率いる「劇團WAKU」による舞台『from me to you ~一期一會~』に出演している。「赤坂V劇院」において2004年3月10日~15日の全8公演に立ち、全4話で構成される複合選集 形式の演目に「まい」の役名で、創作歌手を目指す女性役を演じた。また話中では、ギターの弾き語りにより自らの楽曲『星より遠い』を唄っている。公演中に誕生日を迎えた3月13日、演目終了後に舞台にバースデーケーキが登場し、出演者・スタッフ・客席から誕生日を祝ってもらうという驚喜のおまけ付きだった。生涯二度目の女優業は、TARAKOの配慮もあって台詞も少ない役ではあったが、稽古と本業の両立に疲労困憊し、舞台の難しさを実感したためか、これ以降の出演はない。 -->
音樂作品
- THE 4/9的活動請參照「THE 4/9 」。
單曲
枚數 | 發行日期 | 單曲名稱(日文名稱) | B面 | 規格 | 規格編號 |
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CROWN RECORD /PANAM | |||||
1st | 1979年5月25日 | 校園素描本(キャンパススケッチ) | 雨よ流して | EP | ZP-48 |
CROWN RECORD/ORPLID | |||||
2nd | 1979年10月25日 | シオン | 街角のポスト | EP | OPL-3 |
3rd | 1980年4月25日 | 坂道上的少女 (坂道の少女) | 素敵な朝 | EP | OPL-9 |
4th | 1980年9月25日 | 星空的訊息(星空のメッセージ) | 月見草 | EP | OPL-104 |
CROWN RECORD/PANAM | |||||
5th | 1981年3月25日 | 春 | 落葉の部屋 | EP | CWP-7 |
6th | 1981年9月5日 | 雨の日のサンシャイン | 遠い街に憧れて | EP | CWP-15 |
7th | 1982年1月25日 | 卒業 | 涙はつばさに | EP | CWP-19 |
8th | 1982年5月25日 | あなたへのバースディ·カード | ひとりぼっちの晝下がり | EP | CWP-23 |
9th | 1983年3月20日 | ドール·ハウス | SHOCKING SHOKO 9 | EP | CWP-32 |
Philips Records | |||||
10th | 1983年11月21日 | 季節 ~SEASON~(季節) | 獨りぼっちの終局 | EP | 7PL-142 |
11th | 1984年4月25日 | 都會人(都會人) | 思いちがい | EP | 7PL-153 |
12th | 1984年12月1日 | あなたからF.O. | 色褪せた海 | EP | 7PL-177 |
13th | 1985年12月1日 | 風色的機會(風色のチャンス) | Non Stop Elevator | EP | 7PL-207 |
14th | 1986年4月25日 | Natural ~素直に…今~ | グッバイ·ロンリネス ポニー·テール |
12inch | 12PL-3 |
15th | 1986年9月25日 | 冷たい言葉で傷つけて | 黃昏の街 | EP | 7PL-229 |
東芝EMI/EASTWORLD | |||||
16th | 1988年5月25日 | LIFE | A DAY | EP | RT07-2074 |
8cmCD | XT10-2005 | ||||
17th | 1990年6月20日 | 愛を下さい | 白い街 | 8cmCD | TODT-2527 |
18th | 1991年10月2日 | 乗り越えて行けるね | 夜明け | 8cmCD | TODT-2749 |
19t | 1992年3月4日 | 未來の子供達のために | LIFE ('90.12.10來自中野Sunplaza「In My Heart Concert」) | 8cmCD | TODT-2806 |
King Records/Crystal Bird | |||||
20th | 1993年10月21日 | すべては君のためだけに | あなたからF.O. (New Version) | 8cmCD | KIDS-156 |
King Records/Crystal Bird Star Child | |||||
21st | 1994年2月5日 | 因為我喜歡你的笑容 (笑顔が好きだから) | 夢を忘れない | 8cmCD | KIDA-78 |
King Records/Crystal Bird KMW | |||||
22nd | 1994年6月22日 | 溫柔的風(優しい風) | 夢を忘れない | 8cmCD | KIDS-78 |
23rd | 1995年4月21日 | 我想成為風(風になりたい) | せつなさを抱きしめて | 8cmCD | KIDS-228 |
24th | 1996年11月21日 | 青空 | 10円玉見つけた | 8cmCD | KIDS-315 |
日本CROWN/PANAM | |||||
25th | 1997年5月21日 | smile | 強く!明るく!前向きに!! | 8cmCD | CRDP-160 |
26th | 1998年1月21日 | Respect | どんな時でも あなたを想ってる | 8cmCD | CRDP-176 |
27th | 1998年6月24日 | PRESENT | 祈り | 8cmCD | CRDP-187 |
28th | 1999年5月26日 | 風を感じて | ガンバレ! | 8cmCD | CRDP-211 |
日本CROWN | |||||
29th | 2000年11月22日 | 一緒に暮らそー!/二人の明日 | - | Maxi | CRCP-52 |
30th | 2002年7月24日 | 大好きな街 ~富良野~ | 大好きな街 ~富良野~ (Acoustic Version) | Maxi | CR |
NEO PLEX | |||||
31st | 2003年2月19日 | ナンクルナイサ | 星より遠い | Maxi | SMCCD-1005 |
日本CROWN | |||||
32nd | 2003年6月25日 | ナンクルナイサ | おやすみララバイ | Maxi | CRCP-519 |
33rd | 2004年5月21日 | 雨ノチ晴レ。 | Be myself シオン -2004 Version- |
Maxi | CRCP-537 |
SAINT RECORDS | |||||
34th | 2014年12月13日 | 果てなき夢/You&I ~友愛 | - | Maxi | VEGA-0005 |
35th | 2015年6月24日 | 親愛なる人へ/息子からの伝言 | - | Maxi | VEGA-0007 |
MusicGrid | |||||
36th | 2014年12月13日 | 果てなき夢/今日に乾杯! | MEG-CD | MSCL-13271 | |
37th | 2019年7月1日 | 僕は泣いてる | まっすぐに…愛 (LIVE Ver.) 僕は泣いてる (DVD「2856 ~もうひとつのYELLOW~」收錄 獨奏獨唱版) |
MEG-CD | MSCL-13718 |
38th | 遠くで | パセリ (LIVE Ver.) 遠くで (DVD「2856 ~もうひとつのYELLOW~」收錄 獨奏獨唱版) |
MEG-CD | MSCL-13718 |
參加樂曲
發行日期 | 商品名稱 | 主唱 | 樂曲 | 備註 |
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2000年3月20日 | at Home | Voice of DREAM 2000(鈴木康博 、小比類卷香穗留、山本達彥 、澤田聖子、五十嵐浩晃 、椎名惠 、池田聰 、山崎初子 、三浦和人 、莊野真代 、細坪基佳 ) | 「at Home」 | TBS電視劇愛的劇場 《あっとほーむ》主題歌 |
2001年6月21日 | 舊友再會 | 海豚 、山田貓熊 、澤田聖子、內海宮土理 | 「舊友再會」 | MBS、TBS電視網《すてきな出逢い いい朝8時》片尾主題曲 |
「ミモザの下で」 |
專輯
原創專輯
枚數 | 發行日期 | 專輯名稱(日文名稱) | 規格 | 規格編號 |
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日本CROWN /ORPLID | ||||
1st | 1980年4月25日 | 坂道上的少女 (坂道の少女) | LP | OPL-1008 |
2013年8月28日 | 坂道上的少女5 | CD | CRC-1731 | |
CROWN RECORD/PANAM | ||||
2nd | 1981年4月25日 | 青春的光和影 (青春の光と影) | LP | OPL-1008 |
2013年8月28日 | 青春的光和影+4 | CD | CRC-1732 | |
3rd | 1982年3月20日 | 卒業 | LP | GWP-1018 |
2013年8月28日 | 卒業+5 | CD | CRC-1734 | |
4th | 1983年3月20日 | 流れる季節の中で | LP | GWP-1023 |
2013年8月28日 | 流れる季節の中で+1 | CD | CRC-1735 | |
Philips Records | ||||
5th | 1983年11月21日 | ターニング·ポイント | LP | 28PL-69 |
1984年 | CD | 35LD-7 | ||
6th | 1984年5月21日 | 風の予感 | LP | 28PL-77 |
CD | 32LD-19 | |||
7th | 1985年2月21日 | Potential | LP | 28PL-93 |
CD | 32LD-26 | |||
8th | 1985年12月1日 | 夢のかたち | LP | 28PL-110 |
CD | 32LD-61 | |||
9th | 1986年9月5日 | TOO TOO | LP | 28PL-124 |
CD | 32LD-79 | |||
東芝EMI/EASTWORLD | ||||
10th | 1988年6月5日 | LIFE | LP | RT28-5176 |
CD | CT32-5176 | |||
11th | 1989年5月10日 | SOUVENIR | LP | RT28-5446 |
CD | CT32-5446 | |||
12th | 1990年6月20日 | See You Again | CD | TOCT-5694 |
13th | 1991年6月7日 | Acoustic Summer | CD | TOCT-6156 |
King Records/Crystal Bird | ||||
14th | 1993年11月26日 | 海からの贈り物 ~Le Dauphin~ | CD | KICS-364 |
15th | 1995年2月22日 | Folk Songs | CD | KICS-468 |
日本CROWN/PANAM | ||||
16th | 1997年12月17日 | Acoustic Love Ballads | CD | CRCP-20165 |
17th | 2001年5月23日 | 祈福(祈り) | CD | CRCP-20271 |
日本CROWN | ||||
18th | 2003年10月22日 | 心は元気ですか | CD | CRCP-20334 |
SAINT RECORDS | ||||
19th | 2007年4月25日 | すべてに、ありがとう。 | CD+DVD | SMC-1008 |
20th | 2008年9月20日 | Peaceful Memories | CD | SMC-1010/1 |
21st | 2010年]9月11日 | 寶物(寶物) | CD | VEGA-0001 |
22nd | 2012年2月27日 | LOVE & SMILE | CD | VEGA-0002 |
23rd | 2017年8月31日 | CARAVAN | CD | VEGA-0012 |
迷你專輯
枚數 | 發行日期 | 專輯名稱(日文名稱) | 規格 | 規格編號 |
---|---|---|---|---|
Philips Records | ||||
1st | 1984年7月25日 | INGENUE | LP | 20PL-42 |
LIVE專輯
枚數 | 發行日期 | 專輯名稱(日文名稱) | 規格 | 規格編號 |
---|---|---|---|---|
CROWN RECORD /PANAM | ||||
1st | 1981年12月5日 | SHOKO LIVE | LP | GWP-1014 |
2013年8月28日 | SHOKO LIVE+2 | CD | CRC-1733 | |
Philips Records | ||||
2nd | 1987年5月15日 | INNOVATION | LP | 20PL-57/8 |
CD | 25LD-100 | |||
King Records/Crystal Bird | ||||
3rd | 1994年2月23日 | Anniversary ~In My Heart Concert~ | CD | KICS-411 |
SAINT RECORDS | ||||
4th | 2016年3月2日 | LIVE!2015 | CD | VEGA-0009/11 |
自翻唱專輯
枚數 | 發行日期 | 專輯名稱(日文名稱) | 規格 | 規格編號 |
---|---|---|---|---|
SAINT RECORDS | ||||
1st | 2013年5月26日 | Singer Song Writer ~GREEN~ | 雷射唱片(CD) | VEGA-0003 |
2nd | 2014年5月25日 | Singer Song Writer ~BLUE~ | CD | VEGA-0004 |
3rd | 2015年5月16日 | Singer Song Writer ~RED PURPLE~ | CD | VEGA-0006 |
器樂專輯
枚數 | 發行日期 | 專輯名稱(日文名稱) | 規格 | 規格編號 |
---|---|---|---|---|
SAINT RECORDS | ||||
1st | 2015年]][[12月12日 | Reposeair ~ルポゼール | CD | VEGA-0008 |
2nd | 2019年3月1日 | ルポゼールReposeairII ~ルポゼール2 | CD | VEGA-0014 |
精選專輯
發行日期 | 專輯名稱(日文名稱) | 規格 | 規格編號 | ||
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CROWN RECORD /PANAM | |||||
1982年9月10日 | 少女期 | LP | GWX-139 | ||
1984年3月20日 | 1979-1983 BEST SELECTION | LP | CWX-157/8 | ||
CD | 035CD-C2003 | ||||
1986年9月5日 | 澤田聖子 原創(沢田聖子 オリジナル) | CD | ZL-63 | ||
1987年3月1日 | 澤田聖子精選16 1979~1983(沢田聖子ベスト16 1979~1983) | CD | ZL-77 | ||
1987年12月16日 | 澤田聖子 17SONGS PartI(沢田聖子 17SONGS PartI) | CD | ZL-97 | ||
澤田聖子 17SONGS PartII(沢田聖子 17SONGS PartII) | CD | ZL-98 | |||
1988年10月21日 | 澤田聖子全曲集 校園素描本、卒業(沢田聖子全曲集 キャンパススケッチ·卒業) | CD | ZL-115 | ||
1989年10月5日 | 澤田聖子 精選(沢田聖子 ベスト) | CD | ZL-5006 | ||
Philips Records | |||||
1985年8月21日 | FOR YOU | LP | 30PL-2 | ||
CD | 32LD-51 | ||||
1987年11月15日 | 行きくれて…行きついて) | CD | 32LD-114 | ||
1988年8月15日 | 澤田聖子 THE BEST(沢田聖子 THE BEST) | CD | PLD-8013 | ||
1993年5月26日 | 澤田聖子 NEW BEST(沢田聖子 NEW BEST) | CD | PHCL-2023 | ||
日本CROWN/PANAM | |||||
1992年7月23日 | 澤田聖子 精選15(沢田聖子 ベスト14) | CD | CRCP-28056 | ||
1993年6月21日 | 澤田聖子 單曲精選(沢田聖子 シングル·コレクション) | CD | CRCP-28082 | ||
1998年8月26日 | History | CD | CRCP-20194/5 | ||
2003年5月1日 | 澤田聖子 精選輯(沢田聖子 セレクション) | CD | CRCP-20324 | ||
2004年10月21日 | HistoryII | CD+DVD | CRCP-20362 | ||
2015年6月3日 | EARLYDAYS BEST(アーリーデイズ·ベスト) | CD | CRCP-20521 | ||
東芝EMI/EASTWORLD | |||||
1992年9月30日 | 澤田聖子 BEST NOW(沢田聖子 ベスト·ナウ) | CD | TOCT-9073 | ||
King Records | |||||
1999年11月26日 | 澤田聖子 COLLECTION(沢田聖子 COLLECTION) | CD | KICX-7078 | ||
2010年7月7日 | 澤田聖子 PERFECT BEST(沢田聖子 パーフェクトベスト) | CD | KICS-1577 | ||
Kitty MME | |||||
2001年12月19日 | SUPER VALUE 澤田聖子(スーパーバリュー 沢田聖子) | CD | UMCK-8512 |
企劃盤、複合選集等
- 青春エピローグ Live.Ver(1987年5月15日)(INNOVATION 特典レコード)
- CDで楽しむピーターラビットとなかまたち第2集 (1990年6月27日)東芝EMI
- 蛍の里(1992年)(新潟縣大島村イメージソング)
- SHOKO SAWADA STORY(1993年9月20日)キングレコード(ピアノ・インストゥルメンタル)
- In My Heart (15th Anniversary Instrumental memorial Version)(1994年10月)SMC
- はたらきものの下水道(1994年)社団法人日本下水道協會
- せつなさを抱きしめて(未発表Ver.)/明日を変えたい(未発表Ver.)(1995年)キングレコード(イベント、アルバム特典)
- 竹の道(1996年)真備町イメージソング(岡山縣真備町文化スポーツ振興財団)詞:伊藤アキラ、曲:小林亜星
- SHOKO SAWADA STORY II(1999年)SMC(ギター・インストゥルメンタル)
- ナンクルナイサ(メッセージ入り)(2003年6月25日)クラウンレコード
- SHOKO SAWADA STORY III(2004年)SMC(オルゴール・インストゥルメンタル)
- nonohana(2004年6月23日)クラウンレコード(あんべ光俊プロデュース オムニバスアルバム)
- 青春的光和影 Live Ver.(2007年4月25日)高良レコード店 特典CD
- バクの夢 Live Ver.(2007年4月25日)LiMB 特典CD
- さよなら貴方 Live Ver.(2007年4月25日)玉光堂 特典CD
- 獨りぼっちの終局(カタストロフィー) Live Ver. (2007年4月25)石丸電気 特典CD
- シオン Live Ver.(2007年4月25日)石丸電気 特典CD
- 振りむけば いつも あなたがいた Live Ver. (2007年4月25日)新星堂 特典CD
- LIFE+SOUVENIR(2013年12月11日)ユニバーサルミュージック
影像作品
- Potential(1985年4月1日)日本フォノグラム
- Acoustic ~In My Heart Concert~(1991年4月21日)東芝EMI
- Anniversary ~In My Heart Concert~(1994年3月24日)キングレコード
- In My Heart Concert ~心は元気ですか(2004年5月21日)日本クラウン
- SHOKO SAWADA 2013 Road Movie ~GREEN~(2014年5月25日)SAINT
- 果てなき夢(2014年12月13日)SAINT
- WANDERER ~唄う旅人(2015年5月16日)SAINT
- 赤と紫(2016年5月21日) SAINT
- 一期一笑(2017年5月15日) SAINT
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著書、寫真集
- 少女期(1982年11月5日)WANI BOOKS
- Potential(1985年4月1日)實業之日本社
- TAPESTRY(2004年5月25日)SMC
其它
- Singer Song Writer 系列
- 詳情請參照「Singer Song Writer (澤田聖子專輯) 」。
腳註
引用日語原文
注釋
- ↑ 首次常駐演出。
參考來源
- 《少女期》,澤田聖子著,WAJI BOOKS ,1982年。
- 《もうひとりのイルカ物語》,海豚 著,WMAGAZINE HOUSE ,2008年。
- 「人間ドキュメント 沢田聖子」《週刊女性 》2020年2月4日號。
外部連結
- 沢田聖子 In My Room (日語)-澤田聖子的官方個人網站。
- 沢田聖子オフィシャルブログ「In My Heartな旅日記」 (日語)-澤田聖子的官方個人部落格。
- THE 4/9(日語)-澤田聖子的官方個人網站。
- MEG-CD 沢田聖子 (日語)
- 日本CROWN株式會社官網音樂作品介紹 (日語)
參考文獻
- ↑ 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色 , 週刊女性PRIME,2020-02-04
- ↑ 沢田聖子- LIFE (1988) [FLAC - 流行音樂分享區], 日文老歌論壇- 手機版- Powered by Discuz!,2019-09-18
- ↑ SHOKO SAWADA on Amazon Music Unlimited,Amazon Music
- ↑ 【Profile】沢田聖子 In My Room. 澤田聖子的官方個人網站. [2021-10-17]. (原始內容存檔於2021-10-19) (日語).
- ↑ 【Profile】沢田聖子オフィシャルブログ「In My Heartな旅日記」. 澤田聖子的官方個人部落格. [2021-10-17] (日語).
- ↑ 《少女期》,第55頁。
- ↑ 《週刊平凡》1983年12月8日號,第67頁。
- ↑ 《少女期》,第142-143頁。
- ↑ 9.0 9.1 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(5/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02]. (原始內容存檔於2021-10-19) (日語).
- ↑ 10.0 10.1 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(7/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02]. (原始內容存檔於2021-10-19) (日語).
- ↑ 真備を勵ます沢田聖子さんの歌 川辺小児童と「竹の道」合唱. 山陽新聞. 2019-02-15 [2019-03-29]. (原始內容存檔於2019-03-29) (日語).
- ↑ 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(2/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02] (日語).
- ↑ 13.0 13.1 13.2 13.3 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(3/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02] (日語).
- ↑ 《少女期》,第24-33頁。
- ↑ 《女性ROOM》1975年5月號,第89-92頁。
- ↑ 《少女期》,第42-45頁。
- ↑ 《少女期》,第67-70頁。
- ↑ 《もうひとりのイルカ物語》,海豚著,第87-90頁。
- ↑ 《少女期》,第72頁。
- ↑ 《1968-1997 oricon公信榜書》(1997年12月11日第1刷),第145頁。
- ↑ 21.0 21.1 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(6/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02] (日語).
- ↑ 『熱討スタジアム』第157回 村下孝蔵『初戀』を語ろう 今週のディープ·ピープル 経田康×嶋田富士彥×沢田聖子. 週刊現代. 2015-07-04 [2015-07-04] (日語).
- ↑ 《少女期》,第93頁。
- ↑ 《少女期》,第126頁。