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澤田聖子
圖片來自Amazon Music

澤田聖子,(日語原文:沢田 聖子/平假名:さわだ しょうこ ,羅馬拼音:Sawada Shōko),1962年3月13日出生於日本東京都中野區,是一位日本女性創作歌手[1] [2] [3]

簡介

澤田聖子[4],是出身於日本東京都的創作女歌手,B型血型[5],。

澤田聖子畢業於文化女子大學附屬杉並高等學校文化学園大学杉並中学校・高等学校[6]文化女子大學短期大學部生活造型學科業[7]

「聖子」是澤田聖子她的真名。被誤認為是與松田聖子同名,又因為同年出生(生日相差3天),故有時候會被拿來做比較[8]。採訪時本人說當時「因為(松田聖子)比較受到歡迎(名字上),所以經常被嘲笑(澤田聖子)是在模仿」[9]。事實上,澤田出道比松田早一年。

經歷

1979年5月25日,澤田聖子從海豚事務所イルカオフィス)以「校園素描本(キャンパススケッチ)」(CROWN RECORD日本クラウン出道

次年(1980)4月,發行首張專輯坂道上的少女坂道の少女坂道の少女)》。宣傳口號是“海豚的妹妹(イルカの妹)”。從那以後,她的工作包括學園祭每年有60到70場現場表演和許多廣播節目。

澤田聖子以作為當代民謠音樂(民謠歌手的音樂活動為基礎,為其他歌手提供音樂、報導、進行廣播主持等娛樂活動。

從1987年起大約兩年後,澤田聖子由於當時丈夫調職,每次在仙台市工作時都會搬到東京[10],但現在常駐於東京市

2009年於舉辦出道30週年的全國巡演後,澤田聖子離開了經紀公司,獨自進行現場活動。

1995年,由岡山縣吉備郡真備町真備町(現倉敷市)委託作曲家小林亞星小林亜星等人製作真備町的當地形象歌曲竹の道》。

2018年7月西日本豪雨過後,她於2019年2月前往真備町,提供了樂器和歌曲進行交流,為校舍受損的川邊小學(倉敷市真備町川邊)的孩子們加油打氣[11]

活動歷程

出道以前

1962年3月13日、新宿の聖母病院で産声を上げ、母親が当時憧れていたピアニストの名前「しょうこ」と「聖母」から名付けられた。1963年、生後11か月の時に赤ちゃんモデルとして芸能界デビュー。このきっかけは、1歳年上の兄が婦人雑誌の編集者にスカウトされて子ども服のモデルになったことで、撮影現場に一緒に連れられていくうちに自分も被写体になっていたという[12] ことで、沢田が大人になって母から聞いた話によると、母が結婚後に家庭環境の重圧から逃れたかったこともあったという[13]1967年より音羽ゆりかご会に入会、童謡を歌い始める他、テレビ主題歌、CMソング、運動会用の歌などのレコーディングでも活動。このころから、子供服などのファッション雑誌のモデルと並行して多数のCMにも子役として出演するようになる。有名な出演CMでは、渥美清と共演したパンシロンロート製薬1968年)がある[14]。1975年の女性ファッション雑誌に、ジュニアモデルとして香坂みゆきと同じ紙面で掲載されている[15]東京文化中学校時代、女優の松田美由紀は同じ学校の同級生だった[16]

宮脇康之主演の「ケンちゃんシリーズ」にも出演しており、1975年から放映された「おそば屋ケンちゃん」に「不二子」という名のヒロイン役で、前後篇の2回(1975年9月18日、9月25日播出)にわたって出演([1])。この時のオーディションは既に他の合格者が決まっていた「出来レース」だったが、宮脇が「この娘でなければダメだ」ということから、急遽沢田に変更されたという逸話がある。

アイドル歌手としてのデビューに憧れていたことから、日本テレビ系列のオーディション番組『スター誕生!』に応募し、予選会を通過してテレビ放送の決戦大会まで進んだが合格とならず、歌手デビューには至らなかった。『スター誕生!』の審査員の都倉俊一に言われた「君はねえ、コーラスの1人の声なんだよ」という言葉を今でもよく覚えているという。この他『ホリプロタレントスカウトキャラバン』など片っ端からオーディションに応募し続けていた[13]

海豚事務所時代

1978年、当時のイルカオフィス社長だった神部和夫が立ち上げた、新人歌手を育てる企画のオーディションに参加、これにおいて《{{link-ja|硝子坂|硝子坂|硝子-{坂]-}}》を唄うが合格決定とはならず、後日《給我一雙翅膀》、《時代》などをピアノの弾き語りで唄い合格する[17]。このオーディションの際、ピアノ弾き語りの沢田にレコード会社は乗り気ではなかったが、神部和夫の目に止まり、合格にこぎ着けている。これには、海豚イルカ (歌手)の産休からの復帰を機にイルカのファン層を同世代の女性をターゲットにする方針と、実力を兼ね備えたアイドルタレントを育てたいという事務所の思惑があった[18]。元々これには、当時沢田と同じ事務所に所属していたタレントが当日、他のモデルの仕事が入ったために参加出来なくなり、これに穴をあけるわけにいかないとした事務所に行かされた代役での参加だった[13]。沢田本人はオーディションの合格よりも、イルカのサインをもらうことに期待をしていたことや、華やかな歌謡曲歌手を想像していたこともあり、初めて人前で唄うピアノの弾き語りでの合格は戸惑いと驚きの結果だった。アマチュア経験もなく、モデル事務所の繋がりから受けたオーディションが、沢田の人生の大きな転機となった。当時音楽プロデューサーとして、レコード会社に異を唱える者の居なかった存在だった神部の強力な後押しもあり[13]、「神部和夫さんと出会っていなければ、今の私はない」と、沢田は時折ステージで語っている。

1978年8月8日,16歳的澤田與海豚事務所簽下契約[19]

1979年5月25日、CROWN RECORDPANAM (レコードレーベル)から《校園素描本》でレコードデビュー。「海豚的妹妹」というキャッチコピーにより、産休から復帰したイルカのカムバックリサイタルのステージにも立つ。以後、ライブを中心とした音楽活動、パーソナリティ活動などを積極的に行う。

彼女が活躍を開始した1980年代初頭においては、若い女性創作歌手は希少な存在であり、ルックスも相まって男性層からアイドル的人気を得た。80年代の女性新音樂ニューミュージックシーンを変え、アイドル性を持ったシンガーソングライターのパイオニア的な存在となる。1980年には学園祭出演数No.1を記録し、「學園祭公主」と呼ばれた。

その反面、自作曲のリリース比率が少ないことへの批判や、年齢相応の実生活での難局を迎えたり恋愛を歌う路線変更に苦戦して一時活動を休止するなど、その後続々登場する女性アーティストが直面する問題を先んじて経験することになった。


CROWN RECORD(1979年~1983年所屬)

シングル9枚、オリジナルアルバム4枚、ライブ・アルバム1枚、ベスト・アルバム1枚、非公式2枚組ベスト・アルバム1枚をリリース。1979年10月25日にリリースされた2枚目のシングル《シオンシオン (沢田聖子の曲)》は、デビュー前の練習曲としてイルカから贈られた楽曲でもあり、ステージで唄われ続けている澤田聖子の代表曲である。1981年4月25日にリリースされた2枚目のオリジナルアルバム《青春的光和影青春の光と影 (沢田聖子のアルバム)》は、アイドル路線から一線を画し、是一枚作為創作歌手確立了地位的專輯。1983年1月25日に発売された7枚目のシングル《卒業》は、沢田のシングル曲の中で最高のヒット曲となり、oricon公信榜の最高ランキング50位を記録する[20]

Philips Records(1983年~1987年所屬)

シングル6枚、オリジナルアルバム6枚、ライブ・アルバム1枚、ベスト・アルバム1枚、ビデオクリップ1作をリリース。1983年にレコード会社移籍の噂が突然流れる。同年11月21日に移籍後初のアルバム《ターニング·ポイント》、シングル《季節 ~SEASON~》を同時発売。クラウンレコード時代、アルバムはランキング上位に位置していたものの、シングルの売り上げが伸び悩んでいたことから、シングルヒットを視野に入れた事務所の販売戦略によるものである。当時日本フォノグラムPhilips Recordsフィリップス・レコード)に所属していたもんた&ブラザーズ(門田賴命もんたよしのり)や大橋純子などの新音樂系歌手がランキングを賑わせ、シングルヒットを生み出す手法に長けていたことからの選択だった。著名な作家による楽曲が提供されたものの売り上げは伸びず、沢田のオリジナル作品が占める割合も激減した。沢田の目指す音楽とのギャップも顕著になり、後年、沢田本人も「紆余曲折していた時代」と語っている。

この頃、音楽評論家からも「つくられたアイドル」という印象が残るとして認められず、当時あったという「彼氏とドライブして、沢田聖子の曲が流れたらその場で別れる」というジンクスを指摘して酷評されたこともあり[9]、マネージャーに恵まれない不遇な時期を経験したこともあった[21]

ミニアルバムや12インチシングル、初のビデオクリップや写真集など、多彩なメディア戦略によりファン層が拡大したのも事実であり、渋谷公会堂をはじめとする各地大規模ホールの客席を埋め尽くした。1984年7月29日には、東京日比谷野外音楽堂でのコンサートを成功させている。

SMC時代

1988年,澤田聖子嫁給一個在學生時代在海豚辦公室打工後在一般公司上班工作的男性[21]。同年5月25日、パーソナルオフィス『ショウコ・ミュージック・カンパニー』(SMC)を立ち上げ、16枚目のシングル『LIFE』をリリースし音楽活動を再開した。1988年6月5日、15枚目のオリジナルアルバム《LIFE》發行。パーソナルオフィス設立後、念願であったオフィシャル粉絲俱樂部を結成し、自らの音楽活動への想いを綴った楽曲『In My Heart』をファンクラブ名とし、同名のツアータイトルで全国を廻り、アーティスト活動を精力的に行う。

90年代に入ると他のアーティストとのジョイントにも力を入れ始め、1990年12月30日、本人プロデュースによるアコースティックジョイントライブ『Acoustic Party Vol.1』をクラブチッタ川崎にて開催し、以降2008年まで毎年年末の恒例イベントとなる。1990年6月1日から、村下孝藏と地方の公民館レベルを中心としたジョイントライブ東北ツアーを行う[22]。誰でも口ずさむ事の出来るフォークソングをカバーしたステージは、後の「THE 4/9THE 4/9」へとつながって行く。

1999年の村下孝蔵の他界を機に、本格的にギターを手にするようになり、アコースティックサウンドへと傾倒して行く。村下孝藏を偲び、『親愛なる人へ』を初めてギターによって作詞・作曲し、2001年5月23日にリリースしたアルバム『祈り』に収録される。村下他界の翌年から、6月24日の命日に追悼ライブとして「Forever Live」を毎年行っている。2009年は自身の事務所独立問題から休止を余儀なくされるが、2010年に再開した。

2004年5月25日 デビュー25年を迎える。それを記念して、同年10月21日に通算26枚目となるアルバム《History2》發行。現在も各地でコンサート活動を展開している。また、毎年冬に数日に渡り新富良野王子飯店富良野プリンスホテルにて「富良野チャペルコンサート」を開催。2005年からは佐田雅志的胞妹佐田玲子佐田玲子とユニット「THE 4/9」を結成して活動している。

2008年9月20日から翌年5月24日にかけて、デビュー30周年記念ツアーライブを全国30箇所において行い、同日、通算28枚目となる自翻唱專輯《Peaceful Memories》發行。

SMC獨立後

2009年9月27日 吉祥寺のライブハウスにおいて、パーソナルオフィス『ショウコ・ミュージック・カンパニー』(SMC)から独立していることを正式に発表した。事務所の方針と本人のアーティスト活動としての方向性のギャップ、溝が埋まらず、それまでの全てを失うことを覚悟した上での決断であった。すでに11月のライブスケジュールも発表され、長年使っていたツアータイトル『In My Heart』が変更されていること、ライブ会場にスタッフの姿がなく、単身で楽屋入りをしているなど、事の異変に様々な憶測が飛び交っていた。この事実はブログなどでは掲載しなかったが、これは、アーティストとしてファンに伝えるべき大事なことは、文章によらず、きちんとファンの前で自分の口から…という沢田のファンに対する姿勢の表れであった。独立に際して、周りからは「独りでは絶対に無理」と言われていたが、「独りでも出来るよ」と言ってくれた人が一人いたという。それは、沢田の師匠「イルカ」だった。

これにより、オフィシャル粉絲俱樂部『In My Heart』が事実上解散した。沢田聖子が最後に事務所に託した、直筆によるファンクラブ会員へのメッセージはファンの手に届かず、行方不明である。またこの2009年に、1988年に結婚した夫と離婚している[10]

2009年11月1日 独立後、初のライブツアー「はじめの一歩」を東京・大阪・京都・浜松・名古屋で行う。2010年1月10日 さいたまを皮切りに、ライブツアー「続☆はじめの一歩」を全7か所で行う。

2010年3月には、それまで東京のみの公演だったバースデーライブを東京・大阪・名古屋において行い、1曲目から最後の曲まで、すべて会場の観客からのリクエストの中から応えるという、前代未聞のバースデーライブを行う。東京においては全36曲、3時間30分を歌い切った。

2010年7月29日,成立「株式会社セイント」。

2010年9月11日 通算29枚目のオリジナルアルバム《寶物》發行。2009年の2月に実父の他界をきっかけに、家族との絆をテーマとしたアルバムに仕上げる。9月11日のさいたま市を皮切りに全国21ヶ所、25公演のライブツアー「沢田聖子 Live Tour 2010-2011 ~幸せを探そう~」を行う。

2011年3月、大阪・名古屋・一宮でのバースデーリクエストライブを行う。東日本大震災の影響から延期となった東京を、4月3日に開催する。

2011年4月9日から全國巡演「沢田聖子 Live Tour 2010-2011 ~幸せを探そう~」を再開している。

2012年1月15日、6か月ぶりに佐田玲子とのフォークデュオTHE 4/9THE 4/9」のライブを開催する。THE4/9単独のライブとしては、2010年4月9日以来のステージとなる。

2012年3月には毎年恒例のバースデーライブツアー「沢田聖子 Birthday Live Tour 2012 ~お陰さまで半世紀☆オールリクエスト~」を3月17日の東京公演を皮切りに、本公演の8か所と2か所の追加公演を含む全10公演を行う。

2012年5月27日に、30枚目のオリジナルアルバム「LOVE&SMILE」をリリース、同日に代官山ライブハウスでのアニバーサリーライブを皮切りに全国ツアーを行う。

2013年3月2日の横浜公演を皮切りに、バースデーライブツアーとして全国13か所、12公演のオールリクエストライブを行う。ライブツアー中に通算31枚目のオリジナルアルバムのレコーディングに入り、1979年から1981年までの自作オリジナル楽曲を新たなアレンジの元にセルフカバーした全16曲のアルバム《Singer Song Writer ~GREEN~》を5月26日にリリースし、41本の全国ツアーを敢行。

2014年5月25日にデビュー35周年を迎え、32枚目のアルバム《Singer Song Writer ~BLUE~》と10年ぶりのDVD《SHOKO SAWADA 2013 Road Movie ~GREEN~》をリリースし、同日から44本の全国ツアーを敢行。同年12月13日にはデビュー35周年記念として、通算37枚目のシングル『果てなき夢』と同タイトルのミュージックビデオをリリース。

2015年5月16日に、33枚目のアルバム《Singer Song Writer ~RED PURPLE~》與DVD《WANDERER ~唄う旅人》發行。

媒體演出

廣播節目

DJは、ライフワーク」と公言するように、デビュー時から多くのラジオレギュラー番組を担当している。これは、当時の所属事務所「イルカオフィス」社長兼プロデューサーだった神部和夫が、ステージでのMCを生かすための手段として重用したことにもよる。デビュー当時は名古屋を中心としたラジオ番組やメディア出演が多く、中部圏のファン層拡大に寄与した。

1989年10月よりKBS京都にて《Hyper Nightはいぱぁナイト》木曜日を担当(1991年9月に一旦降板するが、1993年4月に復帰)。同番組にはシンガソングライター仲間である配音員TARAKOも度々ゲスト出演し、二人で漫才張りのやり取りを展開していた(他にも平松愛理等もゲストに登場)。

その他、1986年4月から1988年3月までレギュラーを務めた NHK-FM重溫時間FMリクエストアワー》をはじめ、数々のラジオ番組でパーソナリティを務め人気を博した。2001年10月6日から山梨放送にて毎週土曜放送された生ワイド番組《沢田聖子のサタデー·ジャンボリー》は、7年6か月続いた長寿番組となる。

2011年3月、全國社群廣播コミュニティFM局Music Birdミュージックバードで毎週月曜放送の《アフタヌーン·パラダイスアフタヌーン・パラダイス ~すべてに、ありがとう。』が終了。《アフタヌーン·パラダイス』のレギュラー降板後、同番組の月曜日レギュラーパーソナリティーの岸田敏志岸田敏志が舞台出演等により担当不可能の際、ピンチヒッターとして世田谷区の胡蘿蔔塔キャロットタワー・オープンスタジオからの公開生放送に登板している。

2012年10月3日より、USTREAMにて柏本圭二郎とのトーク番組《沢田聖子と圭二郎のショートケーキのヨル》が配信スタート。

廣播節目一覧(現在終了)

電視節目

1970年代から1980年代にかけて、フォーク・新音樂ニューミュージック歌手がテレビ出演をしないことが一つの附加價值付加価値だった時代、沢田はライブを中心とした音楽活動を続ける傍ら、音楽番組にも数多くゲスト出演している。

1979年11月、初の全国ネット富士電視網夜之HIT STUDIO夜のヒットスタジオ》に出演し、《シオン》を歌う[24]

1998年10月6日~2000年9月26日、KBS京都電視台にて毎週火曜日22:30-23:00に放送された《うわさの街WA!》では、立原啓裕立原啓裕との共演で初のテレビ番組のレギュラーを務める。

1993年10月3日~2004年3月28日、TBS電視網にて毎週日曜日7:30-8:00に放送された《微笑是最好的!笑顔がいちばん!》では、初の旅番組レポーターとして4回にわたって出演し、自らの楽曲《青空》、《smile》、《PRESENT》が番組テーマソングとなる。

  • 1997年5月4日『春だ!祭だ!皆が集まる出会いの町』(香川縣)
  • 1998年2月15日『本当の空 智恵子の愛した町』(福島縣)
  • 1998年7月12日『北アルプスの初夏 豊かな水と自然を求めて』(富山縣)
  • 1999年11月14日『秋色吉備路 ほのぼの井原線の旅』(岡山縣)

2012年8月31日,NHK BS PremiumJ-POP青春'80J-POP青春の'80》與辛島美登里辛島美登里水越惠子水越けいこJuicy Halfジューシィ・フルーツZONEらと共にゲスト出演し、1982年のヒット曲《卒業》を歌う。

舞台

2004年、親友のTARAKO率いる「劇團WAKU」による舞台『from me to you ~一期一會~』に出演している。「赤坂V劇院」において2004年3月10日~15日の全8公演に立ち、全4話で構成される複合選集オムニバス形式の演目に「まい」の役名で、創作歌手を目指す女性役を演じた。また話中では、ギターの弾き語りにより自らの楽曲『星より遠い』を唄っている。公演中に誕生日を迎えた3月13日、演目終了後に舞台にバースデーケーキが登場し、出演者・スタッフ・客席から誕生日を祝ってもらうという驚喜のおまけ付きだった。生涯二度目の女優業は、TARAKOの配慮もあって台詞も少ない役ではあったが、稽古と本業の両立に疲労困憊し、舞台の難しさを実感したためか、これ以降の出演はない。 -->

音樂作品

THE 4/9的活動請參照「THE 4/9THE 4/9」。

單曲

枚數 發行日期 單曲名稱(日文名稱) B面 規格 規格編號
CROWN RECORD日本クラウンPANAMPANAM (レコードレーベル)
1st 1979年5月25日 校園素描本キャンパススケッチ 雨よ流して EP ZP-48
CROWN RECORD/ORPLID
2nd 1979年10月25日 シオンシオン (沢田聖子の曲) 街角のポスト EP OPL-3
3rd 1980年4月25日 坂道上的少女坂道の少女坂道の少女 素敵な朝 EP OPL-9
4th 1980年9月25日 星空的訊息星空のメッセージ 月見草 EP OPL-104
CROWN RECORD/PANAM
5th 1981年3月25日 落葉の部屋 EP CWP-7
6th 1981年9月5日 雨の日のサンシャイン 遠い街に憧れて EP CWP-15
7th 1982年1月25日 卒業 涙はつばさに EP CWP-19
8th 1982年5月25日 あなたへのバースディ·カード ひとりぼっちの昼下がり EP CWP-23
9th 1983年3月20日 ドール·ハウス SHOCKING SHOKO 9 EP CWP-32
Philips Recordsフィリップス・レコード
10th 1983年11月21日 季節 ~SEASON~季節シーズン 独りぼっちの終局カタストロフィー EP 7PL-142
11th 1984年4月25日 都會人都会人 思いちがい EP 7PL-153
12th 1984年12月1日 あなたからF.O. 色褪せた海 EP 7PL-177
13th 1985年12月1日 風色的機會風色のチャンス Non Stop Elevator EP 7PL-207
14th 1986年4月25日 Natural ~素直に…今~ グッバイ·ロンリネス
ポニー·テール
12inch 12PL-3
15th 1986年9月25日 冷たい言葉で傷つけて 黄昏の街 EP 7PL-229
東芝EMI/EASTWORLD
16th 1988年5月25日 LIFE A DAY EP RT07-2074
8cmCD XT10-2005
17th 1990年6月20日 愛を下さい 白い街 8cmCD TODT-2527
18th 1991年10月2日 乗り越えて行けるね 夜明け 8cmCD TODT-2749
19t 1992年3月4日 未来の子供達のために LIFE ('90.12.10來自中野Sunplaza“In My Heart Concert”) 8cmCD TODT-2806
King Records/Crystal Bird
20th 1993年10月21日 すべては君のためだけに あなたからF.O. (New Version) 8cmCD KIDS-156
King Records/Crystal Bird
Star Child
21st 1994年2月5日 因為我喜歡你的笑容笑顔が好きだから笑顔が好きだから 夢を忘れない 8cmCD KIDA-78
King Records/Crystal Bird
KMW
22nd 1994年6月22日 溫柔的風優しい風 夢を忘れない 8cmCD KIDS-78
23rd 1995年4月21日 我想成為風風になりたい せつなさを抱きしめて 8cmCD KIDS-228
24th 1996年11月21日 青空 10円玉見つけた 8cmCD KIDS-315
日本CROWN/PANAM
25th 1997年5月21日 smile 強く!明るく!前向きに!! 8cmCD CRDP-160
26th 1998年1月21日 Respect どんな時でも あなたを想ってる 8cmCD CRDP-176
27th 1998年6月24日 PRESENT 祈り 8cmCD CRDP-187
28th 1999年5月26日 風を感じて ガンバレ! 8cmCD CRDP-211
日本CROWN
29th 2000年11月22日 一緒に暮らそー!/二人の明日 Maxi CRCP-52
30th 2002年7月24日 大好きな街 ~富良野~ 大好きな街 ~富良野~ (Acoustic Version) Maxi CR
NEO PLEXネオプレックス
31st 2003年2月19日 ナンクルナイサ 星より遠い Maxi SMCCD-1005
日本CROWN
32nd 2003年6月25日 ナンクルナイサ おやすみララバイ Maxi CRCP-519
33rd 2004年5月21日 雨ノチ晴レ。 Be myself
シオン -2004 Version-
Maxi CRCP-537
SAINT RECORDS
34th 2014年12月13日 果てなき夢/You&I ~友愛 Maxi VEGA-0005
35th 2015年6月24日 親愛なる人へ/息子からの伝言 Maxi VEGA-0007
MusicGridミュージックグリッド
36th 2014年12月13日 果てなき夢/今日に乾杯! MEG-CDMEG-CD MSCL-13271
37th 2019年7月1日 僕は泣いてる まっすぐに…愛 (LIVE Ver.)
僕は泣いてる (DVD「2856 ~もうひとつのYELLOW~」收錄 獨奏獨唱版)
MEG-CD MSCL-13718
38th 遠くで パセリ (LIVE Ver.)
遠くで (DVD「2856 ~もうひとつのYELLOW~」收錄 獨奏獨唱版)
MEG-CD MSCL-13718

參加樂曲

發行日期 商品名稱 主唱 樂曲 備註
2000年3月20日 at Home Voice of DREAM 2000(鈴木康博鈴木康博小比類卷香穗留山本達彥山本達彦澤田聖子五十嵐浩晃五十嵐浩晃椎名惠椎名恵池田聰池田聡山崎初子山崎ハコ三浦和人三浦和人庄野真代庄野真代細坪基佳細坪基佳 「at Home」 TBS電視劇愛的劇場愛の劇場あっとほーむあっとほーむ》主題歌
2001年6月21日 旧友再会 海豚イルカ (歌手)山田貓熊山田パンダ澤田聖子內海宮土理うつみ宮土理 旧友再会 MBS、TBS電視網《すてきな出逢い いい朝8時すてきな出逢い いい朝8時》片尾主題曲
ミモザの下で

專輯

原創專輯

枚數 發行日期 專輯名稱(日文名稱) 規格 規格編號
日本CROWN日本クラウン/ORPLID
1st 1980年4月25日 坂道上的少女坂道の少女坂道の少女 LP OPL-1008
2013年8月28日 坂道上的少女5 CD CRC-1731
CROWN RECORD/PANAMPANAM (レコードレーベル)
2nd 1981年4月25日 青春的光和影青春の光と影 (沢田聖子のアルバム)青春の光と影 LP OPL-1008
2013年8月28日 青春的光和影+4 CD CRC-1732
3rd 1982年3月20日 卒業 LP GWP-1018
2013年8月28日 卒業+5 CD CRC-1734
4th 1983年3月20日 流れる季節の中で LP GWP-1023
2013年8月28日 流れる季節の中で+1 CD CRC-1735
Philips Recordsフィリップス・レコード
5th 1983年11月21日 ターニング·ポイント LP 28PL-69
1984年 CD 35LD-7
6th 1984年5月21日 風の予感 LP 28PL-77
CD 32LD-19
7th 1985年2月21日 Potential LP 28PL-93
CD 32LD-26
8th 1985年12月1日 夢のかたち LP 28PL-110
CD 32LD-61
9th 1986年9月5日 TOO TOO LP 28PL-124
CD 32LD-79
東芝EMI/EASTWORLD
10th 1988年6月5日 LIFE LP RT28-5176
CD CT32-5176
11th 1989年5月10日 SOUVENIR LP RT28-5446
CD CT32-5446
12th 1990年6月20日 See You Again CD TOCT-5694
13th 1991年6月7日 Acoustic Summer CD TOCT-6156
King Records/Crystal Bird
14th 1993年11月26日 海からの贈り物 ~Le Dauphin~ CD KICS-364
15th 1995年2月22日 Folk Songs CD KICS-468
日本CROWN/PANAM
16th 1997年12月17日 Acoustic Love Ballads CD CRCP-20165
17th 2001年5月23日 祈福祈り CD CRCP-20271
日本CROWN
18th 2003年10月22日 心は元気ですか CD CRCP-20334
SAINT RECORDS
19th 2007年4月25日 すべてに、ありがとう。 CD+DVD SMC-1008
20th 2008年9月20日 Peaceful Memories CD SMC-1010/1
21st 2010年]9月11日 寶物宝物 CD VEGA-0001
22nd 2012年2月27日 LOVE & SMILE CD VEGA-0002
23rd 2017年8月31日 CARAVAN CD VEGA-0012

迷你專輯

枚數 發行日期 專輯名稱(日文名稱) 規格 規格編號
Philips Recordsフィリップス・レコード
1st 1984年7月25日 INGENUE LP 20PL-42

LIVE專輯

枚數 發行日期 專輯名稱(日文名稱) 規格 規格編號
CROWN RECORD日本クラウンPANAMPANAM (レコードレーベル)
1st 1981年12月5日 SHOKO LIVE LP GWP-1014
2013年8月28日 SHOKO LIVE+2 CD CRC-1733
Philips Recordsフィリップス・レコード
2nd 1987年5月15日 INNOVATION LP 20PL-57/8
CD 25LD-100
King Records/Crystal Bird
3rd 1994年2月23日 Anniversary ~In My Heart Concert~ CD KICS-411
SAINT RECORDS
4th 2016年3月2日 LIVE!2015 CD VEGA-0009/11

自翻唱專輯

枚數 發行日期 專輯名稱(日文名稱) 規格 規格編號
SAINT RECORDS
1st 2013年5月26日 Singer Song WriterSinger Song Writer (沢田聖子のアルバム) ~GREEN~ 雷射唱片(CD) VEGA-0003
2nd 2014年5月25日 Singer Song Writer ~BLUE~ CD VEGA-0004
3rd 2015年5月16日 Singer Song Writer ~RED PURPLE~ CD VEGA-0006

器樂專輯

枚數 發行日期 專輯名稱(日文名稱) 規格 規格編號
SAINT RECORDS
1st 2015年]][[12月12日 Reposeair ~ルポゼール CD VEGA-0008
2nd 2019年3月1日 ルポゼールReposeairII ~ルポゼール2 CD VEGA-0014

精選專輯

發行日期 專輯名稱(日文名稱) 規格 規格編號
CROWN RECORD日本クラウンPANAMPANAM (レコードレーベル)
1982年9月10日 少女期 LP GWX-139
1984年3月20日 1979-1983 BEST SELECTION LP CWX-157/8
CD 035CD-C2003
1986年9月5日 澤田聖子 原創沢田聖子 オリジナル CD ZL-63
1987年3月1日 澤田聖子精選16 1979~1983沢田聖子ベスト16 1979~1983 CD ZL-77
1987年12月16日 澤田聖子 17SONGS PartI沢田聖子 17SONGS PartI CD ZL-97
澤田聖子 17SONGS PartII沢田聖子 17SONGS PartII CD ZL-98
1988年10月21日 澤田聖子全曲集 校園素描本、卒業沢田聖子全曲集 キャンパススケッチ·卒業 CD ZL-115
1989年10月5日 澤田聖子 精選沢田聖子 ベスト CD ZL-5006
Philips Recordsフィリップス・レコード
1985年8月21日 FOR YOU LP 30PL-2
CD 32LD-51
1987年11月15日 行きくれて…行きついて CD 32LD-114
1988年8月15日 澤田聖子 THE BEST沢田聖子 THE BEST CD PLD-8013
1993年5月26日 澤田聖子 NEW BEST沢田聖子 NEW BEST CD PHCL-2023
日本CROWN/PANAM
1992年7月23日 澤田聖子 精選15沢田聖子 ベスト14 CD CRCP-28056
1993年6月21日 澤田聖子 單曲精選沢田聖子 シングル·コレクション CD CRCP-28082
1998年8月26日 History CD CRCP-20194/5
2003年5月1日 澤田聖子 精選輯沢田聖子 セレクション CD CRCP-20324
2004年10月21日 HistoryII CD+DVD CRCP-20362
2015年6月3日 EARLYDAYS BESTアーリーデイズ·ベスト CD CRCP-20521
東芝EMI/EASTWORLD
1992年9月30日 澤田聖子 BEST NOW沢田聖子 ベスト·ナウ CD TOCT-9073
King Records
1999年11月26日 澤田聖子 COLLECTION沢田聖子 COLLECTION CD KICX-7078
2010年7月7日 澤田聖子 PERFECT BEST沢田聖子 パーフェクトベスト CD KICS-1577
Kitty MME
2001年12月19日 SUPER VALUE 澤田聖子スーパーバリュー 沢田聖子 CD UMCK-8512

企劃盤、複合選集等

  • 青春エピローグ Live.Ver(1987年5月15日)(INNOVATION 特典レコード)
  • CDで楽しむピーターラビットとなかまたち第2集 (1990年6月27日)東芝EMI
  • 蛍の里(1992年)(新潟縣大島村イメージソング)
  • SHOKO SAWADA STORY(1993年9月20日)キングレコード(ピアノ・インストゥルメンタル)
  • In My Heart (15th Anniversary Instrumental memorial Version)(1994年10月)SMC
  • はたらきものの下水道(1994年)社団法人日本下水道協会
  • せつなさを抱きしめて(未発表Ver.)/明日を変えたい(未発表Ver.)(1995年)キングレコード(イベント、アルバム特典)
  • 竹の道(1996年)真備町イメージソング(岡山縣真備町文化スポーツ振興財団)詞:伊藤アキラ、曲:小林亜星
  • SHOKO SAWADA STORY II(1999年)SMC(ギター・インストゥルメンタル)
  • ナンクルナイサ(メッセージ入り)(2003年6月25日)クラウンレコード
  • SHOKO SAWADA STORY III(2004年)SMC(オルゴール・インストゥルメンタル)
  • nonohana(2004年6月23日)クラウンレコード(あんべ光俊プロデュース オムニバスアルバム)
  • 青春的光和影 Live Ver.(2007年4月25日)高良レコード店 特典CD
  • バクの夢 Live Ver.(2007年4月25日)LiMB 特典CD
  • さよなら貴方 Live Ver.(2007年4月25日)玉光堂 特典CD
  • 独りぼっちの終局(カタストロフィー) Live Ver. (2007年4月25)石丸電気 特典CD
  • シオン Live Ver.(2007年4月25日)石丸電気 特典CD
  • 振りむけば いつも あなたがいた Live Ver. (2007年4月25日)新星堂 特典CD
  • LIFE+SOUVENIR(2013年12月11日)ユニバーサルミュージック

影像作品

  • Potential(1985年4月1日)日本フォノグラム
  • Acoustic ~In My Heart Concert~(1991年4月21日)東芝EMI
  • Anniversary ~In My Heart Concert~(1994年3月24日)キングレコード
  • In My Heart Concert ~心は元気ですか(2004年5月21日)日本クラウン
  • SHOKO SAWADA 2013 Road Movie ~GREEN~(2014年5月25日)SAINT
  • 果てなき夢(2014年12月13日)SAINT
  • WANDERER ~唄う旅人(2015年5月16日)SAINT
  • 赤と紫(2016年5月21日) SAINT
  • 一期一笑(2017年5月15日) SAINT

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著書、寫真集

其它

  • Singer Song Writer 系列
詳情請參照「Singer Song Writer (澤田聖子專輯)Singer Song Writer (沢田聖子のアルバム)」。

腳註

引用日語原文

注釋

  1. 首次常駐演出。

參考來源

外部連結

參考文獻

  1. 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色 , 週刊女性PRIME,2020-02-04
  2. 沢田聖子- LIFE (1988) [FLAC - 流行音乐分享区], 日文老歌论坛- 手机版- Powered by Discuz!,2019-09-18
  3. SHOKO SAWADA on Amazon Music Unlimited,Amazon Music
  4. 【Profile】沢田聖子 In My Room. 澤田聖子的官方個人網站. [2021-10-17]. (原始内容存档于2021-10-19) (日语). 
  5. 【Profile】沢田聖子オフィシャルブログ「In My Heartな旅日記」. 澤田聖子的官方個人部落格. [2021-10-17] (日语). 
  6. 《少女期》,第55頁。
  7. 週刊平凡週刊平凡》1983年12月8日號,第67頁。
  8. 《少女期》,第142-143頁。
  9. 9.0 9.1 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(5/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02]. (原始内容存档于2021-10-19) (日语). 
  10. 10.0 10.1 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(7/9). 週刊女性週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02]. (原始内容存档于2021-10-19) (日语). 
  11. 真備を励ます沢田聖子さんの歌 川辺小児童と「竹の道」合唱. 山陽新聞. 2019-02-15 [2019-03-29]. (原始内容存档于2019-03-29) (日语). 
  12. 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(2/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02] (日语). 
  13. 13.0 13.1 13.2 13.3 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(3/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02] (日语). 
  14. 《少女期》,第24-33頁。
  15. 《女性ROOM》1975年5月號,第89-92頁。
  16. 《少女期》,第42-45頁。
  17. 《少女期》,第67-70頁。
  18. 《もうひとりのイルカ物語》,海豚著,第87-90頁。
  19. 《少女期》,第72頁。
  20. 《1968-1997 oricon公信榜書》(1997年12月11日第1刷),第145頁。
  21. 21.0 21.1 沢田聖子「売れない」をバネに現役40年、自力で風向きを変えて見えた景色(6/9). 週刊女性. 2020-02-01 [2020-02-02] (日语). 
  22. 『熱討スタジアム』第157回 村下孝蔵『初恋』を語ろう 今週のディープ·ピープル 経田康×嶋田富士彦×沢田聖子. 週刊現代週刊現代. 2015-07-04 [2015-07-04] (日语). 
  23. 《少女期》,第93頁。
  24. 《少女期》,第126頁。