勇足車站
勇足站 |
---|
圖片來自mapio 路線 故鄉銀河線 類型 地面車站 啟用日期 1910年(明治43年)9月22日 關閉日期 2006年(平成18年)4月21日 |
勇足站(日語:勇足駅/ゆうたりえき Yūtari eki)
目錄
簡介
勇足駅(ゆうたりえき)は、北海道中川郡 (十勝國)中川郡本別町勇足元町24-14にあった北海道ちほく高原鉄道北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線ふるさと銀河線の日本の鉄道駅駅である。ふるさと銀河線の廃線に伴い、2006年(平成18年)4月21日に廃駅となった。電報略號 (鉄道)電報略號はユタ。[1]
是位於北海道中川郡本別町勇足元町24番14號,北海道池北高原鐵道的故鄉銀河線車站(廢站)。隨著故鄉銀河線廢線,車站在2006年(平成18年)4月21日廢除。
歷史
- 1910年(明治43年)9月22日 - 鐵道院網走線池田站至淕別站之間開通,此站啟用[2]。當時為一般車站[3]。
- 1912年(大正元年)11月18日 - 池田至網走路線改名為網走本線[4]。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 日本國有鐵道成立,成為日本國有鐵道車站。
- 1961年(昭和36年)4月1日 - 池田至北見之間改名為池北線,成為池北線車站[4][5]。
- 1962年(昭和37年)11月10日 - 大日本製糖(後來為北海道糖業)本別工場開始作業,專用線開始使用。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 結束處理貨物和行李[6]。製糖工場專用線廢除。
- 1986年(昭和61年)
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 伴隨國鐵分割民營化,車站由北海道旅客鐵道(JR北海道)營運[9]。
- 1989年(平成元年)6月4日 - 北海道池北高原鐵道繼承池北線[4][10][11][12][13][14][15]。
- 1993年(平成5年)11月27日 - 車站大樓翻新[16]。
- 2006年(平成18年)4月21日 - 故鄉銀河線全線廢除[17],此站也廢除。
車站型式
現況
車站大樓現時繼續為社區中心。
站名的由來
車站周邊
- 北海道道659號勇足停車場線
- 國道242號 、北海道道134號本別士幌線
- 本別警署 勇足駐在所
- 勇足郵局
- 十勝巴士 「勇足」巴士站
相鄰車站
參考文獻
- ↑ 勇足駅,goo地圖
- ↑ 《官報》1910年09月17日 鐵道院告示第81號(國會圖書館)
- ↑ 《JR釧路支社》 p. 79。
- ↑ 4.0 4.1 4.2 田中和夫(監修). 寫真で見る北海道の鉄道. 上巻 國鉄・JR線. 北海道新聞社(編集). 2002-07-15: 236–237頁 (日語).
- ↑ 《JR釧路支社》 p. 96
- ↑ 《JR釧路支社》 p. 113
- ↑ 7.0 7.1 《JR釧路支社》 p. 116
- ↑ 《JR釧路支社》 p. 117
- ↑ 太田幸夫. 北海道の駅 878ものがたり~駅名のルーツ探求~ 1. 札幌市: 富士コンテム. 2004-02-29: 139 (日語).
- ↑ 田中和夫(監修). 寫真で見る北海道の鉄道. 下巻 SL・青函連絡船他. 北海道新聞社(編集). 2002-12-05: 222頁–223頁.
- ↑ 北見現代史編集委員會(編集). 北見現代史. 北見市: 952頁,954頁. 2007-01 (日語).
- ↑ ふるさと銀河線10周年記念事業実行委員會(編集). ふるさと銀河線10年のあゆみ: 21–24頁、95頁. 1999-06-04 (日語).
- ↑ さよなら池北線、こんにちは銀河線-JRがお別れ列車。あすから「ちほく高原鉄道」. 北海道新聞 (北海道新聞社). フォト北海道(道新寫真データベース). 1989-06-03 [2016-11-25]. (原始內容存檔於2016年11月25日) (日語).
- ↑ 《JR釧路支社》 p. 122
- ↑ 《10年》 p. 105
- ↑ 《10年》 p. 108
- ↑ 95年の旅 終着駅*銀河線*北見に最終列車. 北海道新聞 (北海道新聞社). フォト北海道(道新寫真データベース). 2006-04-21 [2016-11-25]. (原始內容存檔於2016年11月25日) (日語).
- ↑ 在全國専用線一覧中,作業距離為2.4公里,總長度為5.0公里。
- ↑ アイヌ語地名リスト モク~リ P131-140 (PDF). アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室. 2007 [2017-10-19].
- ↑ 札幌鉄道局編 (編). 駅名の起源. 北彊民族研究會. 1939: 100 (日語).